TEPS 34th

講演概要

「デジタル技術を活用した聴覚障碍者への情報保障とその課題」

坂村 健(さかむら けん)
INIAD(東洋大学情報連携学部)学部長/TRONイネーブルウェア研究会会長


この研究会ではよく理解されていると思うが、世間一般では視覚に比べ聴覚障碍による不便について理解は遅れているようだ。文字が不自由なく読める中途失聴者にとっても、健常者が当然の情報環境として把握しているアナウンスや警報音やクラクションが受信できない──さらに受信できていないことを周囲が理解しないことの不利益・恐怖は大きいだろう。

しかし、さらに健常者が想像しにくいのが、手話を第一言語とするろう者の立場だ。それは、今なら人工知能のニューラルネットワークの学習過程を参考に考えてみれば、よく理解できる。幼児が成長するとき、保護者が公園の鳩を前に発する「ハトさん」という言葉が繰り返されることで「ハト」という音が現実の鳩の抽象表現として学習される。このように音ベースの語彙で思考できるように育ったのちに、その音をシンボルと結びつけたものが文字だ。

生来耳が聞こえない人は、幼少時に保護者が形作る手話──手のパターンを存在の抽象表現として学習するしかない。そうして育った知能は脳内の音でなくパターンの連鎖で思考するはずで「日本語音」ではなく「日本語手話」という別の言語体系で思考していることになる。音で育った人にとって文字を脳内の音にし解釈するのは当然容易だが、生来のろう者にとっての文字は、それが日本語であっても「音言語」から「手話言語」に翻訳しないと解釈できない。英語で思考できない段階の日本人が、英語の文章を読む手間を考えれば、テレビの字幕が手話と同等でないことが理解できるだろう。

そのような理解を含め、情報技術の進歩が聴覚障碍者の助けになれることは多い。先の情報環境の件も、音と同じ情報を近接電波で流し、スマホでリアルタイムで文字や手話にするといった社会インフラも不可能ではない。本シンポジウムでは、そのような課題と将来への期待について議論したいと考えている。

「手話CGの現状と今後の展開」

佐野 雅規(さの まさのり)
NHK放送技術研究所 スマートプロダクション研究部 上級研究員


約2年前のことである。「手話? 字幕じゃだめなの?」――これが、わたくしが現手話CGグループに配置転換されたときの最初の言葉である。恥ずかしながら、聴覚障害者の方について全く理解していなかったのである。そこから、自分でも手話を習い始め、いろいろなことを勉強し、今は手話の魅力にはまっている一人である。

手話を母語とする聴覚障害者の方の中には、日本語があまり得意ではなく、字幕だけでは内容が伝わりにくい場合があるときく。しかし、手話通訳者の数はそれほど多くなく、放送局に常時待機しているわけではない。従って、緊急時や深夜に災害などが発生しても、すぐに情報を手話でお伝えするのは難しいのが現状である。

この課題を解決するための一つの方法が、コンピュータグラフィックスで作ったキャラクターに手話をさせる「手話CG」である。NHK放送技術研究所では、2009年頃からこの手話CGについて調査研究を始めている。目指す目標は、日本語の文章を入力したら、手話CGのアニメーションが自動生成されるシステムである。

手話CGに必要な技術は大きく2つある。日本語から手話表現への翻訳技術と、翻訳された手話表現をCGキャラクターで伝わるように表現するためのCG生成/制御技術である。現状では、どちらも問題をかかえており、すぐの実用化はかなり難しい。手話表現一つ取り上げても、コンピュータで扱うためには記号化する必要がり、手の形や動きだけでなく、位置、体の傾き、目の見開き、眉あげ、顎の位置、口形など、全てのタイミングを合わせて記述するための確立された、かつ実用的な記法はまだどこにもないといえる。

一方で、提供する情報を絞り、既存のデータを利用して、決まった内容の組み合わせにより、ある程度サービスができそうな分野もある。この例として、気象情報や、スポーツ競技の試合実況をあげることができる。どちらも、あらかじめ穴あきの手話表現の定型文を作成しておき、配信されたデータにより穴を埋めて、それらを組み合わせることで手話CGサービスを実現している。

今後も、引き続き、翻訳技術や手話CGの生成/制御技術を向上させ、自由な日本文にも対応できるような手話CG制作技術の研究開発を進めていく。

「聴覚障害者と選挙」

長谷川 洋(はせがわ ひろし)
NPO法人日本聴覚障害者コンピュータ協会 顧問/NPO法人全国文字通訳研究会 理事/ろう・難聴教育研究会 会長


参政権は、基本的人権の一つであり、聴覚障害者も平等に参加できることが求められる。一方、選挙では音声での情報も多く、聴覚障害者は未だにそうした情報から取り残されてしまうことが多い。政見放送、公開討論会、街頭演説などにおいて手話通訳が付かない、字幕が付かないということが起こる。

聴覚障害者は、手話を第一言語とするろう者と、聞こえない・聞こえにくいが、日本語を第一言語とする中途失聴・難聴者に分かれる。ろう者は幼少時から手話を使い、コミュニケーションを行う。中途失聴・難聴者の多くは手話を使えず、特に手話通訳の読み取りは難しい人が大半である。聴覚障害者の中で手話が使える人は少数派であり、残りの人は字幕がないと情報を得ることはできない。

政見放送の場合、「スタジオ録画方式」と「持ち込みビデオ方式」が認められていて、基本的に必要な費用は国がもつことになっている。しかし、手話通訳や字幕を付けるのは、党や候補者が決めることになっており、どちらも付けない、どちらか一方しか付けない場合も多い。

「スタジオ録画方式」の場合、手話通訳を付けることは可能であるが、字幕を付けることには技術的な理由で対応していない。NHK東京本部の場合は字幕を付けることにも対応できるが、全国の放送局や地域では対応できないところもあるという理由で、「スタジオ録画方式」では字幕挿入には対応しないことになっている。最低のところに合わせることにより平等を確保し、聴覚障害者の参政権が奪われるという対応となっている。

街頭演説の場合は、手話通訳は認められているのに、字幕は認められていない。理由は公職選挙法で禁止されている文書図画の掲示に相当するということである。

このように、法律(の解釈?)に縛られて、聴覚障害者の参政権が奪われており、早急に改めていかなければならないはずであるが、なかなか進まないままとなっている。


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